ブラン城とペレス城
ドラキュラ伝説(実際には小説だが)のブラン城とルーマニア王室の離宮、ペレス城へ足を向けた。ブラン城は1999年12月中旬、ペレス城は1998年9月中旬に行った。
ドラキュラ伝説のブラン城
アイルランド人ストーカーがワラキア公国の王、別名串刺し公、を題材にして書いた”ドラキュラ伯爵”でこの地が一躍有名になった。オスマントルコがこの地を攻めたときワラキア公は見せしめにトルコ人を串差しにトルコ兵に見せつけた。トルコ兵はこれを見て退散していったとのこと。その居城ブラン城を訪ねた。ブラショフから車で1時間も走っただろうか、静かな田舎道の先に小高い丘の上に建つブラン城が見えた。
私が訪れたのは1999年12月中旬、雪が少し残っていたが天気は良かった。ルーマニア人の屈託のない若者グループが訪れており、彼らからシャッターを押してくれと頼まれた。
城の入り口には民芸品を売るお店が駐車場の周りを取り囲むようにそれぞれを商品を所狭しと並べていた。毛糸のセーターはとても暖かそうだったが、持ち帰るのにかさばるのではと買うのを躊躇した。これは後から後悔した。
城へ
日が差したものの、寒い12月中旬、寒いなーと思いながらブラン城の石段を踏みしめながら足を前に進めた。
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ブラン城下の土産物
駐車場の周りに露店がでていた。貴重な現金収入になるのだろう。ここでは特産品というわけではなく、手編みのセーターやレースがほとんどだった。手袋、2ドル、セーター15ドルとかなりお買い得な値段だったが、荷物になると思って買うのをためらった。
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丁度、雪が降った後だったので足元が緩かったが、されとて、いいセーターだなー!
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暖かそうなセーターに後ろ髪を引かれながらブラン城を後にしてシギショアラへ向かった。
Castelul Peles ペレス城
ブラショフへの途中にシナイアという別荘地がある。この町の東部、小高い丘の上にドイツ・ルネサンス様式のペレス城がある。この城は、1875年にカルロ1世がルーマニア王室の夏の離宮として建てられた宮殿であり、ルネサンス、バロック、ロココの各様式を取り入れたという城です。
城の中には160の部屋があると言われ、各所に素晴らしい彫刻が施され、各部屋にはカルロ1世が集めたといわれる絵画、彫刻、陶磁器、宝飾品や中世の武器などが展示されている。
ルーマニア王室の夏の離宮
建築様式が混在しているので、部屋を移るとバロック、次はロココとなり変化に富んだ城だ。歴史を事前にレビューしていかなかったので、いささか反省している。
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トランシルバニア地方
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右下がブカレスト、左下がセルビア(ベオグラードが見える)、左上がハンガリー、上がウクライナ、右がモルドバ
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